【教員時代の話】教員をしていて良かったことベスト10!

教員してて良かったことベスト10 教員時代の話

はじめに

こんにちは、りんくです。
気づけば12月も折り返し、今年もあと半月で終わりです。
とても寒くなってきましたが、私は仕事に行く際、まだコートを着ていません。
年内はコートなしで行けると踏んでいます。

さて、今回はタイトルにある通り、「教員をしていてよかったこと」を紹介していきたいと思います。
このブログを開始してから、教員という仕事に対して割とネガティブなことばかり発信している気がしたので、少しはポジティブなことも書いておこうかと思いまして。

私自身、教員という職種自体は立派な仕事だと思っていますし、現役で教員をされている方には一定のリスペクトをしています。
自分が教員時代にしてきた経験で今役立っていることもきっとあるはずですし。

なので今回は、私の教員生活を振り返って、これはよかった!と思えることを書き切ります。
10個あげるまで終われません!

ファイッ!

教員をしていてよかったことTOP10

10個あるので意味もなくランキング形式で発表します。ミュージックステーションのシングルランキングくらいのノリでご覧ください。

10位:何でもないようなことが幸せに思えるようになった

いきなり出オチ感のすごい内容で申し訳ないですし、厳密に言えば教員やってる最中のよかったことではないのですが、その後の私の価値観に大きく影響していることなので入れてみました。

教員時代はとにかく勤務時間も長かったですし、休みも少なく、「全然人間らしい生活ができていないなぁ」と思っていました。
大学時代の友達などは、話を聞けばみんな土日が当たり前のように休みだといいます。(当たり前です)
「週末だから」という理由だけでフェスに行きますし、旅行にも行きます。
「週末だから」という理由だけで2日間は何でもできてしまうのですよ。

そういう生活を送っていなかった私は、転職して普通の会社に勤めるようになってから、当たり前のようにやってくる毎週末の休みに感動したものです。
平日だって早い日には18時台には家にいるわけで。
当たり前に定時で帰れたり、土日祝日に休めることに幸せを感じています。
ここまで幸せを感じられるのは、普通じゃない生活を送っていたからこそです。
些細なことで幸せを感じられることはいいことかなと思い、控えめの10位にランクインです。

9位:幅広い年代の人に出会えた

これは教員ならではだと思うのですが、仕事で出会う人の年齢層が幅広いです。
生徒は当然年下でしかも10代ですし、年上となると地域のおじちゃんおばあちゃんなど80歳近い方に会うことがありました。
年代だけでなく、所属もさまざまでしたね。大学生、大学の教授、行事で入ってくれる音響さん、市役所の職員、ボランティアに参加している地域の方、またはその途中で出会ったいろいろなお店の従業員さんなどなど。
教員してなかったら絶対に関わらなかったような、声をかけることがなかったような人と話したりして、今振り返ればそういうのは割と刺激がある生活で楽しかったのかなと思います。
やってる最中はただひたすらにめんどくさかったですけどね。
ということでこちらも控えめの9位にランクインです。

8位:愉快な仲間と働けた

学校の先生というのは良くも悪くも変わってる人が多いですよね。
私が最後に勤めていた学校は割と同年代の先生が多く、しかも個性的な人たちばかりで、人見知りな私にも気軽に話しかけてくれたりして非常にありがたかったですし、とても楽しく仕事ができました。

教員ラストイヤーの2学期に割と辛いことがあったのですが、その時も集まって励ましてくれましたし、辞める時にはこっそり胴上げもしてくれました。本当に良い人たちに囲まれていたんだなと思いました。
自分がお世話になっていた先生と働けたりもしましたし、そういう素敵な先生たちと出会えたことは普通に良いことだったと思います。堂々の8位です。

7位:素敵な教え子に会えた

大事な前提を言っておきますと、私は子供があまり好きではありません。
じゃあなんで教員になったんだという話ですが、それはまた別の機会に話します。
そんな私なのでそもそも生徒とは一定の(かなり長めの)距離をとっていました。
学校の外でうっかり生徒に遭遇するなんてのも本当に嫌でした。

教員生活の中で出会った生徒で本当に好きになれなかった人も何人もいましたが、その反対に素晴らしい生徒もいました。
自分の母校で勤めていた時期があって、自分も高校生の頃所属していた生徒会執行部の顧問をしていたのですが、その時に出会った生徒会の生徒(の一部)はとても良い子たちでした。いまだに連絡を取り合うこともあるくらいです。

私が担任をしていたクラスの生徒たちは、本当に人として馬が合わないというか、価値観が合わなすぎる人もいましたが、そんな彼らが終業式の日にコーラをくれたんです。
私がコーラ大好きなのを知っていて。しかもクラスで1本とかじゃないです。1人1本です。
最後に持ったクラスの生徒は私が辞めた後、離任式の時にコーラをくれました。退場している時に1人1本ずつ渡してくれて。途中で自分では持てなくなったのを覚えています。

私のような人間のためにそこまでしてくれるなんて本当にありがたかったですね。
そういう生徒に出会えたことは、これからも忘れないだろうなと思ったのでこちらも堂々の7位です。

6位:ソロ活動ができた

これは校種に関わらずある程度同じなんじゃないかと思うんですが、教員って結構ソロ活動なことが多いですよね?
例えば教科のことでも、学年で数学の先生が3人とかいても授業のやり方はそれぞれで違ったりします。
担任業務なんて完全にソロ活動ですよね。副担任の先生が気が利く人なら多少ユニット活動になりますが。
いろいろな業務を基本的に1人の裁量で行っていることが多いような気がします。
そういうところはソロ活動が好きな私に合っていたのかなと思います。

私は数学科と情報科でしたが、情報の授業を全クラス担当していた頃は本当にソロ活動でしたね。
あと余談ですが、数学の先生はソロ活動を好む人が多い気がします。悪く言えば協調性ないですね。
あと全然関係ないですが、理科の先生は変な人が多いです(笑

5位:デザインの仕事ができた

私は講師時代も教諭時代も広報を担当する部署に所属していました。掛け持ちで。
そこにいた頃は学校の公式サイトの更新をしたり、学校行事のポスターを作ることが多かったんです。
Webサイトの更新は簡単なHTMLとCSS書くくらいは高校の時にやっていたので好きな仕事でした。もちろん学校のサイトはCMSで管理するので自分でコーディングするわけではないですが。

学校行事のポスターや学校のポスターなんかも作りましたが、これもなかなか楽しかったですね。
こういうクリエイティブな仕事が回ってくるのはありがたかったです。
学校の先生というのは基本的にデザインのセンスがない、というかそういう勉強をしたことがない人が多いです。それはポスターなどのデザインだけでなく、書類などの文書デザインなども含めて。
だから学校の先生が作るポスターとかプリントとかってやばいくらいダサいやつがたくさんありますよね?

……ありますよね?

私は先生たちに少しでもお手本を見せられればという気持ちで作っていました。
今では私が作ったポスターたちが劣化コピーされて……。

ということで堂々の5位です。盛り上がってきましたね!!

4位:プレゼンが少し上手くなった

教員の1番大事な仕事は授業です。
だから良い授業ができるよう日々努力をしていたつもりです。「研究と修養」とまでは行きませんが、できる限り時間を割いて授業の準備をしていたつもりです。
教員をしていた期間は7年とそんなに長くはなかったのですが、割と幅広いレベルの生徒に教えることができたので、苦手な生徒に向けての授業や得意な生徒に向けての授業など、自分の教え方の振り幅を広げられたと思います。

そして、今一般企業で仕事をしていて思うことですが、学校の先生はやっぱ説明が上手な人が多いですよ。
普通の会社でももちろん何かをプレゼンする機会はあるのですが、人が話しているのを聞くと少しむずむずするというか、この人説明下手だなぁというか、そう思うことがあります。
やっぱ知らないうちに教えることや説明することが少しは上手くなっていたんだなと思います。

情報ではプレゼンについてのプレゼンというメタな授業もやってましたしね。

これは今後転職を考えている教員の皆さんも武器になると思いますよ。
ということで教員ならではの強みなので4位にランクインしました。

3位:母校に勤めることができた

7位でもお話ししましたが、私は講師時代に母校で勤めていました。
教員になる前から、「できれば1回は母校に勤めたいなぁ」とぼんやりと思っていました。
それが割と早い段階で叶ってしまったわけです。
私の教員生活の中で、母校にいた頃が一番楽しかったと思います。その頃に教員採用試験にうっかり合格してしまい、教諭として他の学校に勤めることになってしまった時は本当に寂しかったですね。

私は自分が通っていた高校が好きだったので、そういう場所で働けることは本当に嬉しかったですね。
自分が知っている場所で、知っている先生たちと働ける。
生徒たちは自分の後輩でもあるわけで、自分が生徒だった頃の話をしたりして。

きっと母校で勤めることは私にとって教員になって達成したいことのかなり大きな割合を占めていたと思います。
それが講師時代に叶ってしまったことで、教員を辞める踏ん切りがついたのかなと思いますね。
あの期間は本当に楽しかったので3位にしてみました。

2位:収入が安定していた

いきなり現実的な話になりましたね。

でもこれは大事なことです。
他の記事でも書きましたが、公立学校の教員の年収は決して高くないですが、安くもありません。
時間外労働が多いので、時給に換算すると大学時代のちょっと割のいいバイトくらいにしかならないんですが、それでも年収として考えるとそこそこの金額です。
よく言われるように大卒2年目くらいには年収400万円は行きます。
1年で20万弱は昇給しますし、手当も充実しています。住居手当などがつけば最大30万くらいもらえます。
20代が終わる頃に500万は行きますし、30代の間に600万に到達します。

無駄遣いしなければかなり人間らしい生活ができる金額ですよね。
ただ、時間外労働が多すぎて満足に使う時間がないのも事実です。だから外車とか買う人が多いのかもしれません。

収入があったからお金に困ることはなかったですし、転職するときの引越し資金も貯めることができました。
仕事は生きるための手段でしかないと考えているので、きちんとお金がもらえること自体は大事なことでした。
これがなければ7年も続けていなかったかもしれないとも思ったので2位という上位にランクインしました。

1位:好きなことを仕事にできていた

私は数学が好きなので数学の教員になりました。

教員になった1番の理由はこれです。
もちろん教員という仕事自体にも興味があったのですが、自分が好きな数学を仕事にしたいという気持ちの方が強かったです。
数学を使う仕事はたくさんあると思うのですが、数学をより直接的に扱う仕事をしたかったのです。
道具として使うのではなく、数学そのものを扱う仕事を。

そうなってくると選択肢に上がるのは研究者か学校の先生かなと思い、私は研究者になれるような人間ではないとわかっていたので学校の先生を選びました。

部活の顧問や担任やボランティア活動など、やりたくない仕事もたくさんやりましたし、むしろやりたくない仕事の方が多かったと思いますが、ど真ん中に数学という好きなものがあったので続けられたのだと思います。
自分は「数学の教員なんだ」という自負があったからこそ続けられたんだと思います

好きなことをど真ん中に置いてできる仕事ってそんなにないですからね。辞めるのも勿体無いかなと思いましたが、私にとっては人間らしい生活をすることの方が大事でしたし、好きなものへの関わり方はいろいろあるしと思って退職しました。

あ、今もある程度は好きなことを仕事にしていますよ。

ということで、これはもう本当に堂々の第1位ですね。

おわりに

いやー、盛り上がりましたね!

正直書き始める前に10個まずあげてみよう!と思ってメモに書き出して行ったのですが4個で止まってしまいました。
その後頑張って8個、さらに振り絞ってなんとか10個揃いました。

でも、どんな仕事であれ良いところを10個も上げるのは難しいかもしれません。

みなさんは自分の仕事の良いところを何個言えますか?

今回この記事を書いてみて、無理矢理であれ10個もいいところが見つかるんだから、教員ってきっと本当は良い仕事なんじゃないかなと思いました。
本当はやりがいのある仕事のはずです。
ただ労働環境が劣悪なことだけはすごく足を引っ張っているのがとても残念なところです。

みなさんが思う教員のいいところもぜひ教えてください。

今回も読んでいただきありがとうございました。

教員時代の話
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